| ◆ 50年のあゆみ |
![]() 日本文芸家協会で、会員の相互扶助委員会が設置されたのは1951(昭和26)年4月の総会であった。 その主旨は、同じ会員でも稼ぎ高の多寡による生活の問題や、病気や死亡についても、著明や無名による格差、 といっても無名な会員には見舞金すら出す方途のない現状を見兼ねての発想であり、しかも当時の社会情勢は、 勤人ではない自由職業の作家(通称一人親方)などは、社会保障でもある医療保険制度というものの埒外に放り出されたままの状態であった。 会員全員にゆきわたる共通な扶助……これを考えられたのは、当時日本文芸家協会の理事であった丹羽文雄氏であった。 日本文芸家協会の相互扶助委員会は、度々会合を開き、都及び厚生省の関係者にも出席を願い指導を戴いたのであるが、 残念ながら、日本文芸家協会単独では特別国民健康保険組合設立の許可を得るための基準人数に達しなかった。 相互扶助委員会は同じ自由業でもある芸術家仲間の日本美術家連盟、日本著作家組合、全日本工芸美術家協会、 出版美術家連盟の4団体に呼びかけ賛同を得た結果、1952(昭和27)年に初めて合同の打ち合わせを開催する運びとなった。 1953(昭和28)年、厚生大臣山県勝見氏より設立発起人代表丹羽文雄氏宛に設立の許可と、同年度収支予算の許可を得、 文芸美術国民健康保険組合の誕生となった。 4月1日発足を期し、初代理事は母体5団体より1名づつ次の諸氏が選任された(敬称略) 丹羽文雄(理事長)、伊原宇三郎(常務理事)、鴨下晁湖、中島健蔵、山崎覚太郎 かくして1953(昭和28)年4月1日より文芸美術国民健康保険組合は業務開始と相成るわけであるが、 当時の発起人の一人広津和郎氏は、保険などというものには無関心の文士などが、せいぜい3年も持てば…… の発言を思い浮かべれば、うたた感無量である。 (元常務理事 今井潤 組合報 第90号 1982(昭和57)年より抜粋)
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| 1952年10月7日 | 第1回の組合設立準備委員会が開催。発起人の設定、規約、設立趣意書を策定 | |
| 1953年2月26日 | 設立認可申請書を提出。3月10日厚生大臣より全国組織として設立の認可を得る | |
| 1953年3月20日 | 第1回の組合会を開催、初代理事長を丹羽文雄氏と決定し、引き続き発会式を開催。 | |
| 1953年4月1日 | 業務開始。保険料月額組合員120円、家族60円。給付割合はオール5割。同月末の被保険者数は、2,074名 | |
| 1953年5月25日 | 組合報創刊 | |
| 1954年9月17日 | 医療費の激増に対処するため、新規加入者に3ヶ月間の給付制限を実施 | |
| 1955年5月16日 | 丹羽文雄理事長、国保団体連合会の理事に就任 | |
| 1956年3月7日 | 事務所を京橋の文芸春秋社別館より西銀座の新田ビルに移転 | |
| 1958年4月4日 | 創立5周年式典を椿山荘にて開催 | |
| 1959年3月11日 | 国保法改正により組合規約全文改正、主管が厚生大臣より都知事に移管 | |
| 1959年12月1日 | 都内23区の国保制度が実施される | |
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| 1961年6月24日 | 東京芸能人・京都芸術家・大阪文化芸能国保組合と文化関係国保組合協議会を結成 | |
| 1962年4月1日 | 組合規約の一部改正、組合員を7割給付とする | |
| 1963年4月15日 | 創立10周年式典を椿山荘にて開催 | |
| 1966年12月1日 | 事務所を新田ビルの5階に移転、以降現在の京橋に移転するまで30年間を事務所とする | |
| 1968年1月 | 国保法改正により組合規約一部改正、同年4月より組合員家族共7割給付実施 | |
| 1969年4月1日 | 組合規約の一部改正。保健施設規程を新設し、健康診断に補助金を支給開始 | |
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| 1970年7月1日 | 日雇健保擬制適用廃止に伴い全国で39国保組合が新設される | |
| 1972年10月6日 | 創立20周年式典を新橋第一ホテルにて開催 | |
| 1973年12月1日 | 高額療養費支給制度実施 | |
| 1974年4月1日 | 組合規約の一部改正、育児手当金の支給開始 | |
| 1975年11月21日 | 今井潤元常務理事藍綬褒章を受章 | |
| 1977年5月13日 | 創立25周年式典を新橋第一ホテルにて開催。設立当初より加盟団体が37団体増え42団体に | |
| 1978年4月1日 | 国庫補助金算定基準の見直しにより療養給付費の25%+10%が補助。日本映画テレビプロデューサー協会が加盟 | |
| 1979年4月1日 | 日本グラフィックデザイナー協会が加盟 | |
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| 1981年4月1日 | 日本タイポグラフィ協会が加盟 | |
| 1982年10月22日 | 創立30周年記念祝賀会を新橋第一ホテルにて開催 | |
| 1983年2月1日 | 老人保健法施行 | |
| 1983年4月1日 | 組合規約の一部改正、入院見舞金制度を実施 | |
| 1984年9月1日 | 健康保険法改正。これに伴い国庫補助金が医療給付費の32%+10%が補助対象 | |
| 1984年10月1日 | 退職者医療制度が創設。国保組合加入者は除外 | |
| 1985年4月1日 | 俳人協会、日本広告写真家協会、音楽執筆協議会が加盟 | |
| 1986年4月1日 | 被保険者証の電算出力を開始 | |
| 1987年4月1日 | 美術評論家協会、東京エアーブラシ協会が加盟 | |
| 1988年4月1日 | 全国書道教室協議会が加盟 | |
| 1989年4月1日 | 日本図書設計家協会が加盟 | |
| 1989年11月28日 | 財務規程を全面改正 | |
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| 1990年4月1日 | 日本写真作家協会が加盟 | |
| 1990年4月1日 | 都国保団体連合会の電算化に伴い被保険者証の記号を変更 | |
| 1992年7月1日 | 役員改選。設立以来の理事長である丹羽文雄氏が退任。後任に日本出版美術家連盟の西原比呂志氏が選任 | |
| 1993年4月1日 | 東京コピーライターズクラブが加盟 | |
| 1994年4月1日 | 保健事業活動の一環として郵便による大腸がん検診を実施 | |
| 1995年1月10日 | 阪神淡路大震災による被災者に対し、保険料の減免・医療費の無料化を実施 | |
| 1995年4月1日 | 東京イラストレーターズ・ソサエティが加盟 | |
| 1996年4月1日 | 保険料の自動振替を実施。初年度の実施率は85% | |
| 1996年7月20日 | 組合事務所を現在地に移転 | |
| 1996年10月1日 | 人間ドック受診の充実を図るため、契約機関を5箇所増やし25箇所に | |
| 1997年4月1日 | 日本ジュウリー・デザイナー協会、日本商業書道作家協会が加盟 | |
| 1997年10月1日 | 健康保険法改正に伴い健保適用事業所に係る医療費の国庫補助が32%から13.7%に | |
| 1998年4月1日 | 日本クラフト・デザイン協会が加盟 | |
| 1999年11月1日 | 保健事業活動の一環としてコンピュータによる食生活診断を実施 | |
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| 2000年4月1日 | 介護保険制度の創設により40歳から65歳までの第2号被保険者に対し月額1,200円の介護保険料を賦課 | |
| 2001年4月1日 | 被保険者証、保険料納額告知書を配達記録郵便にて発送開始 | |
| 2002年4月1日 | 被保険者証を一人一枚のカード化に | |
| 2002年10月1日 | 健康保険法改正により、高齢者医療制度の改正、3歳未満の給付率が8割に | |
| 2003年4月28日 | 創立50周年式典を東京會舘において開催 | |